前回に引き続き御注文頂いたハンター装備の一つ、ナイフシースについて。 最初に完成の画像、フラップを解放した状態です。このシースは二本のナイフを収納する少し特殊なカタチ。 ナイフの形状等については前回の「その1」に載せましたのでそちらをご覧ください。 世にある殆どのシースにおいて開き留めとして用いられているスナップやドットボタン。使いやすさやコストの意味では大変便利で使いやすいのはいうまでもありません。 これらのスナップやドットボタンについて、ストーヴルでも対策を施したうえで適材であれば使っていますし、実際使い勝手の良いものです。 しかし、重さのある物や大きな刃物などの絶対に安全を確保しなければならないものの場合、ある程度のチカラが加わるだけで簡単に解除されてしまう留め金具の構造で安全といえるのでしょうか。 日本では使用する現場以外でナイフを身につけることは軽犯罪法等で禁止されています。持ち歩くときはシッカリと梱包してバッグの中に収納しなければなりません。 もし背負ったザックの中でナイフが踊ってしまい何かのはずみでスナップやドットボタンが外れてしまったとしたら、それは恐ろしい事態です。考えすぎかもしれませんが、安全面において対策のし過ぎはないと思うのです。 【今回シースにおける留め金具と止め方は、真鍮製ギボシとストーヴル留め方式です】 安全性の他に、金具部品と製品の相性を検証しなければならないことは幾つもあります。 ナイフシースに関していえば、金具をカシめる位置や固定の仕方によって、ブレードやグリップに傷がついてしまうということ。 ブレード部分の革に直接金具をカシメている物がとても多く、ナイフを守るためのシース自体が傷をつける原因になっているなんて悲しいことじゃないですか。 それに固定時にバチッと音がしてしまう事も人によっては品がなく感じられますし、そうでなくてもカシメの個体差や打ち損じ気味なものは節度感が良好でない物も多いと感じています。節度感が緩くなり修理をするにしてもシース自体の構造が直すことを前程にした製法で作られていない場合が殆どなんです。これも悲しい。 この世にはコストや面倒との理由で御座なりになっている課題が沢山存在します。それでも懸命に考え改善していけば何か良い方向が見えてくるものです。 今回の場合も、必要用件と実現したいディテールを鑑みながら全体のバランスを見ていったところ、おのずとナイフの配置やシースの意匠も決まっていきました。 素材にに優しく、収納品にやさしく、使い手にやさしい。 でも作り手にとってはむずかしくなることが多い(笑) この3つのを念頭に取り組んでいれば、長くお使い頂ける物に仕上がると信じています。 それが設計とか開発。試作を大切にする意味なんです。 何枚かの試作サンプル画像と製作過程の画像をみながら解説致したいと思います。 試作に至るまでには、まず脳内・机上での「あーだ、こーだ」がそれなりの期間ありまして、実際に手を動かすまでには結構時間が掛かったりします。この時間がとても苦しく楽しい。といっても楽ではないのですが。 既に存在している多くの物には何かしらの不備とか弱点があるものです。 勿論当方の作る物も完全ではなく、常に課題を内包しています。でも少しでもそれを減らしたい。 単純に買い換えで済むものや安価であれば問題はないのかもしれませんが、革で作られた物の場合は他の素材以上に長く使用したいとの気持ちを多くの方々がもっていると感じています。そんな思いに少しでも応えられるように、弱点は解消しなければなりません。 お客様以上に自分がいい加減なものを好まない性分ということもあるでしょうが、考えられることの多くに考えを巡らせ対策するのに越したことはないと考えます。 試作中は机上もえらいことになっていまして、途中で撮影をしていることは殆どなく、この製作においても画像は殆ど存在しません。 左の画像は書きなぐりの汚いメモで恥ずかしいのですが、頭の中で考えた物を積層ごとに型紙のカタチを思い描いて各部の整合性を確認している最中のラフです。ワンオフのフルオーダーの場合はこういった物を幾つも書きまして、実際の試作サンプルで検証します。 左画像の下のほうに本番納品用とは異なる試作品が写り込んでいました。 サンプル試作は、先ずパターン(型紙)の簡易型を作り、本番と同素材(良質な端材)を使用して一度組み上げてみます。 針目は荒く縫い、コバの仕上げ等も無しで作り、全体のシルエットやおさまり具合の確認や重心位置のバランスを見きわめます。 試作品があれば補正や修正用のデータ収集と、実際に近い環境や状況での使用感も確かめられますので、ワンオフ製作において試作は最重要な工程です。 収納スペース内部の形については刃の形に沿ったものにし過ぎますと抜き差しするときにスムーズにいかなかったり、中子(スペーサ)に刃が当たってしまうおそれがあるため慎重かつ厳密な採寸が必要。とくに背の部分に皮を割く刃が付いている特殊形状な狩猟用のブレードではその辺の調整が重要です。 また、寸法設定においてブレード部分だけが重要なのではなく、縫い引き締めたときに革全体が隆起するように変形したり収縮する箇所も出てきますので、その分量も考慮に入れてつくらないと良いフィッティングは得られません。 右の画像も同じ試作サンプル。前述した検討事項を確認するためにパーツをすべて組み合わせた針穴をあけた縫製前の写真ですね。 ストーヴルでは床面(裏面)と断面の繊維素性が密ではなく、長い年月使った場合に堅牢性を担保できない部分や、大きなキズ・シミ・シワがある部分の「良質端材」といえる部位をサンプル試作の形出しに使用しています。 もったいないですが、ストーヴルではこのような部分を製品としては使いませんから、試作で役立ってもらってます。 厚紙や布地で形を見るよりも、質感やDNAまでも製品と同じものですから、表情・重さ・使用感まで確認することができます。 ここでちょっと余談。以前も書いたことがあると思いますが、 「ワンオフ品・特注品・オーダー品」等と呼ばれてれている一品物についての考察。 世間では「一品物=良い物」との考えを持つ方も沢山いるようですが、世界に一つしかない物やオーダーを受けてから始めて作る物って、製品としては熟成がされていないということでもあると思うんです。 試作無し状態で作ることはもちろん、 経験やデータ蓄積のない状態で、ぶっつけ本番に作られた物は、セッション的な良さはあるかもしれませんが、依頼主の御希望にそえるほどの完成度に仕上がるかは未知数であるともいえます。 用を為さない物に通常品以上の価格設定や価値がつくことは正しいこととは思えません。 少なくとも自分の場合は、サンプル試作もしくは部分的な試作検証を経ていないと良品にいきつける自信はありません。 もちろんプロですからそれなりの本物っぽい仕上がりには出来ます。 でも、「ここがあとコンマ数ミリ」とか「角度をもうちょっと」とか、ほんの少しにも思える数値やニュアンスの違いだけで、使いやすさや雰囲気は全く変わってきます。これこそが熟成や完成度につながっていくわけで、最も大切にしなくてはならない「あ~だ。こ~だ。」なんです。 なので、基本的には自分のこしらえる物については試作は大前提。 ※ といいながら、自分で使うものなんかは試作無しでバッとこしらえて使ってたりします。 まぁ「まかない」みたいなもんなので。。 上の画像はシースナイフの刃側のスペーサーです。 ナイフはシース全体で保持される構造ですから、刃の部分は基本的にはスペーサーに触れない設計になっています。 それでも万が一の【刃の突き抜けや、切れ込み】がおこらないように、スペーサーにも十分な奥行きをもたせ、刃が触れる可能性のある部分は樹脂溶剤を染み込ませ硬化させることで更なる安全性を確保しています。 スペーサーのナイフ先端のさらに先のほうがあいているのがわかるでしょうか。 シースの先端部分は、埃やブレードについた脂を取り除いたり、湿度がこもらないように排出・通気口を小さく設けています。 シースの内側に白いステッチが見えると思います。画像では小さくてわかりづらいのですが、このステッチは革の床面に溝堀りを施し糸がそこに納まるように縫いあげていますから、ブレード側に糸自体が出っ張っていません。更に糸の表面を蝋でカバーするように擦りこんで馴染ませてありますから、革と面一になり糸とナイフが直接擦れにくくなっています。もちろんナイフにキズをつけてしまうことはありません。 よくあるシースであれば、この位置にはスナップやドットボタン金具の裏側が露出している物が多く、そこにブレードが直接触れるわけですからナイフが傷つくのはあたり前。対策してある物でも、多くの場合は薄い革パッチが糊付けされているだけのものが殆どだと思います。接着だけでは擦れて剥がれるでしょうから本来の対策とは言えません。また押し込まれるチカラがブレードに直接伝わるのもナイフが傷む原因だと思います。 ナイフの収納スペースに革の端材を切り出したものを差し込んでおきます。 こうすれば押されるチカラが加わるなどして革が変形したり潰れてしまうことはさけられます。 ただ今回のナイフは二本収納で重みもありますし、吊り下げる装着方法であることも考え合わせ、更なる剛性の確保が必要と判断。 そこで鞄の底やボディに用いる芯材の樹脂板を本体内部に縫いこみ仕上げました。 剛性と堅牢性の高い芯材ですから、そのまま仕込めばエッジ部がシースの表側にアタリとなって現れるでしょう。 ナイフ収納部内側の平滑性が損なわれ寸法のズレが出てナイフの抜き差しがしにくい状況にならないように、 対策として樹脂板外周部をなだらかな角度で外側に行くほどに薄くなるように仕上げ内部におさめました。 結果、表側へのマイナスの影響は無く、剛性を確保することにも成功。 その個体ごとのサンプル試作とあわせて修正を繰り返し、安定した固定と使いやすさ、それにルックス的なバランスもみながら細かく修正と検討をした上で製品版に仕上げていきます。 差し込むベルト部分に関してもステッチの縫い止まり位置や節度感に影響するフックとなる返しの形状や厚みについても細かく検証し決定します。仮にコンマ数ミリ変われば全く異なる使用感になり、ストーヴルの目指す「きつ過ぎず。緩過ぎず。」には到達できません。 凸状の先端に丸い球が付いたような固定金具をギボシといいます。ギボシにはメーカーごとに品番やサイズは存在しても、ロットごとにサイズや形状が微妙に異なるので、その個体ごとの突起の形状や高さに合わせて受け側を作ることが必要と考えます。 革の受け側に入るスリット状の切り込みの形と穴の大きさを適切なものにすれば、そのまわりの劣化も防止でき開閉時の固定力と操作感も良好な状態が長く持続します。 とくに開閉や固定をつかさどる金具や革の穴周辺部の劣化は製品の寿命に直結することなので、この調整は大切な工程の一つです。でも残念ですが量産品や作り手によっては、それなりの作りになっているディテール箇所でもあります。 ストーヴルでは開閉固定まわりの劣化の可能性がある金具や革については、本体を分解するまでもなくパーツ単体で交換や修理がしやすい設計になるよう努めています。 このシースは形と大きさの異なる2本のナイフを同時に収納するため、革を積層位置や階層ごとに組み合わせを変化させることで収納スペースを作り出しています。 大きいほうのシースナイフではグリップ・ヒルト・ブレードの高さや厚みから革の積層による安定位置を割り出し、収納時適正位置より奥に入りこみ過ぎないようストッパーの役割をするヒルト部分と、ブレード厚に合わせ刃自体の保持力も考慮した厚みにスペーサーを調整し組みこみ、ナイフをシース全体で安定化させています。 また、フォールディングナイフ収納部は、厚みのあるグリップにあわせて全体が包み込まれ納まるように、 革三層分を吹き抜け状に刳り抜き、高さのあるスペースを設けています。 補足しますと、 画像中央のループの真下がシースナイフのブレードがおさまるスペースです。その内側にある白いステッチがおわかり頂けるでしょうか。このステッチも溝堀りが施してあり手縫いステッチは溝に納まるように縫われていますので、ブレードの抜き差しによって糸が擦れたり切れたりすることはありません。 左側にあるフォールディングナイフが収納されるスペース、その上面にあるギボシ金具について。 ナイフ収納の天井部分の革に直接打ち込むのではなく、円状に切りだしたベースとなる革にギボシを打ち込み、 そのベース革ごと縫い付けていますから、ギボシ金具とナイフが擦れ合いキズ付くことはありません。 もちろん、こちらの天井部分裏側にも溝掘りしたうえで縫い付けていますからステッチ自体が擦り切れるリスクを回避しています。 結局はまた長くなってしまったので、続きは明日以降に。 .
by stovlGS
| 2017-10-21 23:47
| ナイフシース
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